■■ 山中・山東卒業会名 ■■

 山形東高同窓会には、卒業した学年ごとに「卒業会名」があります。それは、同窓会の一員として呱呱の声をあげた新入会員達に対して、その前途を祝して命名されてきました。それ以前は、卒業後に集まりの会を重ねるうちに、名前がほしいという話になり命名した時代もあったそうです。そして現在では、三年生に自分達の「卒業会名」を募集し、寄せられた案の中から総意にかなったものが選ばれています。
 明治、大正、昭和、平成と「卒業会名」をたどってみると、そこには母校の歴史とともに日本の近現代史が垣間見えてきます。時代を反映しつつも、揺らぐことのない母校の精神が悠久の流れのように見えてきます。

卒業年卒業回会名由来
昭和2年山中40協和(きょうわ)会数学の東海林先生はじめ担任団の薦めにより「協和会」の名称になった。
昭和3年山中41和親(わしん)会卒業生全員がなごやかに親しむようにとの願いを込めて「和親会」とした。
昭和4年山中42昭光(しょうこう)会昭和の御代の光となり、我が国の中心として日本を動かすような人間になることを願った。
昭和5年山中43金馬(きんば)会漢文の富樫秀恕先生が命名、昔中国の未央宮で学者や学生が待機していた場所を金馬門と言ったことから採用した。
昭和6年山中44孜々(しし)会漢文の富樫秀恕先生が「孜々として励む」という語から、卒業生を激励する意味で命名して下さった。
昭和7年山中45暁鶏(ぎょうけい)会昭和7年新年の歌会初めの勅題が「暁鶏」だったため、これをこの年卒業の学年に取り入れて「暁鶏会」とした。
昭和8年山中46八昭(はっしょう)会数学の武田市吉先生が昭和8年卒業より「八昭会」と命名して下さった。
昭和9年山中47継久(けいきゅう)会現在の天皇陛下の生誕が昭和8年12月で、その年度末に卒業したのでお名前(継の宮様)の一字をとって命名した。
昭和10年山中48十友(じゅうゆう)会昭和10年卒業の同期の学友達であることから「十友会」とした。
昭和11年山中49昭士(しょうし)会明治維新の志士のように「昭和の志士」たらんとする気概を卒業生の銘々が持っていたので「昭士会」とした。
昭和12年山中50五十(ごじゅう)会山中第50回卒業生であることから、そのまま会名を「五十会」とした。
昭和13年山中51八紘(はっこう)会八紘一宇(全世界を一つの家のようにすること、転じて大東亜共栄圏の建設の思想)から命名した。
昭和14年山中52鴻志(こうし)会大鳥「鴻の鳥」のように大きな志を持って世界に羽ばたいて欲しいとの願いを込めて、担任団が命名して下さった。
昭和15年山中53金鵄(きんし)会神武天皇が大和平定の時、弓矢の先に金の鳶が止まって輝いた故事に因み、戦時中動員になった事から会名とした。
昭和16年山中54瑞穂(みづほ)会『古事記』に日本を誉め称えて「豊葦原の瑞穂の国」とある故事から「瑞穂会」とした。
昭和17年山中55昭南(しょうなん)会開戦間もない17年は皇軍の勢い天を衝くものがあり、支配したマレー半島・シンガポール(昭南市)を会名にした
昭和18年山中56青雲(せいうん)会当初「五十六会」と命名したが、卒業して10年後「青雲の志を抱いて山中に入学した」ので、青雲会と改めた。
昭和19年山中57御楯(みたて)会『万葉集』に「今日よりは顧みなくて大君の醜の御楯と出で立つ我は」とあり、御国の為に殉ずる心意気を会名に。
昭和20年山中58万朶(ばんだ)会藤田東湖の「天地正大の気」に「発しては万朶の桜となり」とあることを安達佐逸先生に教わりこれを会名とした。
昭和20年山中58(4)銀河(ぎんが)会群馬県大田市に勤労動員した我学年は、夜間戦闘機「銀河」を製造して祖国の勝利の為に挺身した。会名たる所以。
昭和21年山中59太平(たいへい)会太平洋戦争が始まった翌年、昭和17年に入学し戦時中苦楽を共にした学年が、戦後第1回生として卒業したので、以後の平和な太平の世の中の到来を願って「太平会」とした。(斉野良吉氏・命名、富樫晃全学年主任認可)
昭和22年山中60太平(たいへい)会
昭和23年山中61六一(ろくいち)会山中最後の第61回卒業生であることから「六一会」とした。(因みに、「六一」を「一六」と勘違いして質屋と間違われた事が多くある。)*一六銀行…一と六の和は七、「質」と同音なことから、質屋の俗称。
昭和24年一高1六一(ろくいち)会
昭和24年山中62ふたば会この学年は入学は同時だったが、卒業時に山中62回卒と一高2回卒に分かれて巣立った。それを若芽が育ち始める双葉になぞらえて命名した。女生徒が初めて入学(5人)した学年でもある。
昭和25年一高2ふたば会
昭和23年(併設中)一高1東一(とういち)会東一会の校友
昭和26年山東1東一(とういち)会東高第1回卒業なので「東一会」とした。昭和20年同時に入学し、23年に卒業した方々で校友と称している。
昭和24年(併設中)一高2東友(とうゆう)会東友会の校友
昭和27年山東2東友(とうゆう)会卒業1ヵ月後のクラス会で誰からともなく東高卒の友人同士「東友会」でよいのでは…となり決定した。
昭和28年山東3東三(とうさん)会非常に単純。東高第3回卒業により「東三会」とした。「父さん会」にも通じる。
昭和29年山東4東四(とうよん)会東高第4回卒業から、鈴木実、深瀬利吉、大江健の幹事が発案し決定した。女性の参加が多く、その賛同を得た。
昭和30年山東5古稀(こき)会創立70周年の卒業学年なので、学年主任の松木清先生が古稀の祝いの二字をとって「古稀会」と命名して下さった。
昭和31年山東6六翠(ろくすい)会東高第6回卒の六と元の講堂の北側と中庭にあったアカシヤの木の緑とを合わせて「六翠会」とした。記念石碑あり。
昭和32年山東7一行(いちぎょう)会入学時300名定員に対して305名が志願し全員合格した。新聞発表が全員合格の一行だったので「一行会」とした。
昭和33年山東8東八(とうはち)会東高第8回卒業生である為、「東八会」とした。
昭和34年山東9東鳩(とうきゅう)会東高第9回卒業生から、9を平和の「鳩」に音を重ね「東鳩会」とした。
昭和35年山東10東濤(とうとう)会東高第10回卒業生に因み、勢いを象徴する「濤」の文字を「とう」にあてた。
昭和36年山東11東士(とうし)会東高第11回卒業生に因み、「十一」を「士」に置き換えた。
昭和37年山東12東睦(とうぼく)会卒業生仲間が「仲睦まじく」ありたいという願いがある。また、卒業担任に堤睦水先生がおられた。
昭和38年山東13三山(さんざん)会校歌「羽前の三山虚山を凌ぐ」の一節から命名した。
昭和39年山東14龍雲(りょううん)会東京五輪、東海道新幹線開通を記念し、初の女性卒業担任大宮先生を祝し、飛龍の勢いを願い、細梅先生が命名。
昭和40年山東15笑龍(えみたつ)会学級担任の名字の頭一文字ずつを取った。遠藤來二、水戸部欣哉、高橋宗伸、堤睦水、河田利夫、市川宏。
昭和41年山東16竹馬(ちくば)会「竹馬の友」に因み、当時学年主任であった関根喜内先生が命名して下さった。
昭和42年山東17六七(ろくしち)会昭和42年卒業に因み、九九により「六七会」とした。
昭和43年山東18東哉(とうや)会東高第18回卒業生に因み、「東」と「哉」の文字を用いた。
昭和44年山東19鵬雲(ほううん)会相撲で横綱大鵬が圧倒的に強かったことに由来する。
昭和45年山東20翠巒(すいらん)会「緑多き学舎」より命名。当時生徒の遠藤雅晴氏の案が採用された。
昭和46年山東21四六(しろく)会昭和46年卒業に因み、「四六会」とした。
昭和47年山東22主一(しゅいち)会東高第二十二回卒業の、「二十二」を「主」と「一」に分けて「主一会」とした。
昭和48年山東23志也(しや)会「子曰、三軍可奪其師也。匹夫不可奪其志也。」『論語』より「志也=四八」、庄司善助校長が命名して下さった。
昭和49年山東24東翼(とうよく)会山東の東は、太陽が昇り万物が活動を開始する方角。翼は「たすける、とぶ」の意味。四九(よく)年卒業。
昭和50年山東25九重(ここのえ)会「九重(きゅうじょう)」で創立90周年を表す。「ここのえ」は高い空を意味し、会員の発展が祈念されている。
昭和51年山東26互一(ごいち)会昭和51年の卒業学年。お互いに一つの学舎で、一つの心で友愛を貫き、一つの目的に向かい励む者の集いである。
昭和52年山東27東紋(とうもん)会こまくさの徽章に重ねて、青春の思いを胸に刻んだ者たちのしるし。紋の糸と文は五十二(いとふみ)と読める。
昭和53年山東28天馬(てんま)会天は二と八から、馬は干支「うま歳」に因んだもの。「天馬空を行く」ように会員の大成を祈念して命名された。
昭和54年山東29共一(きょういち)会共通一次試験元年を思い出とし、卒業後も「共」に手を取り「一」丸となって頑張っていく決意を表した。
昭和55年山東30東翔(とうしょう)会山東から飛び立ってゆく若者たち。広い世界を自由に天翔ける姿を、心に描きつつ命名。
昭和56年山東31五六(ごろく)会56年卒業する若者たちに、新校舎の五六の柱(大きな柱)たるべく、また『史記』の五合六聚に因んで命名された。
昭和57年山東32槌音(つちおと)会山東百周年記念校舎改築第一年目、新しい時代を予感させる槌の音は、山東生活の思い出として深く刻まれている。
昭和58年山東33継世(けいせい)会山東高二世紀へ継ぎゆく新校舎から巣立つ第一回生。新しい日本を拓かんとする若者の意気を託した。
昭和59年山東34双黌(そうこう)会山東一世紀の伝統を培った校舎と新しい歴史を担いゆく校舎双つの黌(まなびや)に青春を送った学年である。
昭和60年山東35百東(ひゃくとう)会創立百周年を迎え、母校一世紀の輝かしい伝統につらなることを得た誇りと喜びが込められている。
昭和61年山東36彗琥(すいこ)会ハレー彗星接近の年であり、寅歳の卒業である。彗星の流麗さと、琥珀(虎魄)の神秘さ、清廉潔白さに因む。
昭和62年山東37鴻紀(こうき)会創立百周年の年に、鴻鵠の志を抱いて入学。一世紀の伝統を踏まえて、さらに大きく羽ばたくことを誓い合った。
昭和63年山東38東龍(とうりゅう)会龍は威あり、天に昇り高貴な姿に昇華する。辰歳に卒業し、前途には臥龍昇天を期せんとする熱い思いを込めた。
平成1年山東39魁成(かいせい)会敢然と世に魁るとの決意と、北斗七星の首魁(第一星)の如く不動に光り耀く真理を探究し、大成を誓い合った。
平成2年山東40東駿(とうしゅん)会午歳に卒業し、疾走する駿馬の如くたくましく21世紀に向けて飛躍しようとする熱い思いを込めた。
平成3年山東41翔洋(しょうよう)会洋々たる前途へ向けて雄々しく羽ばたかんとする熱い気概を込めた。未歳に因み、「羊」の文字をひそませた。
平成4年山東42志成(しせい)会平成元年に入学。青春のエネルギーの全てを注ぎ、高校における志成り、更なる大志の成就を期する意気を込めた。
平成5年山東43東鵬(とうほう)会酉歳卒業。鵬は大きな羽ばたきの音と共に太平の瑞祥を表す鳥である。一人ひとりがその鵬たらんと念じた。
平成6年山東44東皐(とうこう)会皐は白い光のさす大地の意。三年間、豊穣の沃土に育まれ、卒業後の明るい希望と豊かな実りを願った。
平成7年山東45百珠(ひゃくじゅ)会百十周年卒業。女子百一名入学の学年。珠は「王」と「朱」よりなり、光り輝く玉の如く活躍することを願った。
平成8年山東46東玲(とうれい)会創立百十一周年。「玲」の「王(玉)」には(一十一)が含まれ、「令」は透き通った美しい音色を表している。
平成9年山東47東凌(とうりょう)会羽前の三山の如く天高く聳えて他を凌駕し、21世紀に「凌霄之志」を抱いて雄飛せんとする気概を校歌に求めた。
平成10年山東48天成(てんせい)会中国の『書経』の一節「地平天成」より、平和で心豊かな新世界創造への期待感を託し、平成10(Ten)年に掛けた。
平成11年山東49東珀(とうはく)会東方の地より出で、一人ひとりが美しい輝きを持つたま(珀)であれと願い、東伯(東の覇たれ)の意味も込めた。
平成12年山東50雙紀(そうき)会2000年春、卒業。新旧二つの世紀の節目に新たな飛躍を誓い、その雙つの肩に次代を担う気概を示す意味を込めた。
平成13年山東51東暁(とうぎょう)会2001年、卒業。20世紀の激動の歴史に学び、一人ひとりが理想を高く掲げ、新世紀の暁星として輝くことを誓った。
平成14年山東52東愛(とうあい)会いつでも知に奢ることなく、平和を願い、他人への慈しみを忘れぬ、心豊かな人間でありたいとの願いを込めた。
平成15年山東53東魂(とうこん)会壮大な理想と誇りに満ちた母校の魂「東魂」を永劫忘れることなく、人類の新たな歴史を刻む力となることを誓った。
平成16年山東54東粋(とうすい)会新しい世界においても挑戦し開発する気概を持ちつつ、人情の機微をも解する粋な心を堅持する意味を込めた。
平成17年山東55東節(とうせつ)会創立120周年の年、「竹、節ありて強し」の如く、節目ごとに心新たに逞しく伸びやかに進まんと決意して命名。
平成18年山東56瑞雪(ずいせつ)会大雪に見舞われた年、瑞々しい感性、確固たる知性、高潔で純粋な心を抱き、人々に幸をもたらさんと願って命名。
平成19年山東57和成(わせい)会昭和、平成、二つの時代に生まれた者、相和し業を成す。剛き意志と柔らかな知性が未来を築くことを願って命名。
平成20年山東58重友(ちょうゆう)会「正しさ」の根源に他者性が含まれていることを教えてくれた友を尊び、その友情が万古長青たることを祈念した。
平成21年山東59結昇(ゆいしょう)会友を頼ることは人類の叡智の証。友との結契を生涯の宝とし、昇り龍の如く雄々しく世界に羽ばたくことを誓った。
平成22年山東60六黎(ろくれい)会第六十回卒業に際し、母校への誇りと、新たに開かれてゆく黎明の世を継ぐ者として自負を忘れぬことを誓った。
平成23年山東61勢翔(せいしょう)会天空を翔る隼(はやぶさ)の如く、混沌とした世界に光の矢となり飛翔し、頂点まで駆け上がることを祈念した。
平成24年山東62栄紲(えいせつ)会3.11大震災は我々を根源的な崩壊の脅威に晒したが、常に希望と「紲(きずな)」をもって泰平の世を成さんことを誓った。
平成25年山東63六三志(むさし)会第63回卒業に際し、634米を誇るスカイツリーの如き自立と、剣豪・宮本武蔵の如き自負と孤高の精神を誓った。
平成26年山東64天晶(てんしよう)会天を覆う星々が手を携えて結晶となり、時空を超越して輝くように次代を導く標として光輝を放たんことを誓った。
平成27年山東65勲東(くんとう)会創立130(いさお)周年に不朽の「勲」を重ね、「未来は東から」の如く昭昭たる光となり理想の天地を拓くことを誓った。
平成28年山東66東禄(とうろく)会2016年66回卒業に因み、『論語』の「言に尤め寡なく、 行いに悔い寡なければ、禄其の中に在り」の道をめざす。
平成29年山東67東標(とうひょう)会18才で投票をし日本の未来を拓く重責を担った者として、「高自標樹」「本標不同、気応異象」を体現し飛翔せんとす。


※以下の明治、大正時代の卒業会名は、『同窓会名簿』の記載から引用しました。

明治32年山中12許梁会
明治39年山中19三九会
明治40年山中20不惑会
明治41年山中21四一会
明治43年山中23四三会
明治44年山中24亦楽会
大正2年山中26二六会
大正4年山中28二八会
大正5年山中29大五会
大正6年山中30大六会
大正8年山中32みそじ会
大正9年山中33大九会
大正10年山中34安若会
大正11年山中35さんご会
大正12年山中36あおう会
大正13年山中37白楊会
大正14年山中38甲子会
大正15年山中39河清会

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